力があってこその対応力・交渉力・抑止力で平和維持できる

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「安保法案」に賛成?反対?
世論も真二つに別れているこの問題。
私もそれなりに思うことがあります。

賛成や反対の前に、今、日本が置かれている状況について賛成派も反対派も共に認識を合わせる必要がある気がしますね。
私は歴史に詳しい訳でもないし、このような時事問題に詳しいわけでもないし、裏事情通でもないので、細かい視点では語れませんし、
日本の経済的な事情などは本当にお恥ずかしいほど認識不足、勉強不足です。

ただ、大きな視点で見て ①既存リスクの認識 と ②「対応力」と「交渉力」と「抑止力」 のことは常々考えています。

1.既存リスクの認識

もし、日本が今、何のリスクにもさらされていないのであれば、戦力(物理的な攻撃力も法的整備も含め)を持つ必要はないかもしれません。
当然、日本人だけがこの世の中に生きていて居る訳ではありませんし、日本という国しかない訳ではありません。
他国も戦力を持たず、戦意もなく、他国が日本に攻撃してくるなど微塵の可能性もない ということであれば、”リスクがない” ということだと思います。
それならば、日本も 何の力も持たなくて良いでしょう。武器を持つ必要もないし、自衛隊も必要ないし、誰しもが望む平和な世界を築いていきたいものです。

しかし、この世界にはいろんな国があり、いろんな戦力、いろんな戦意、利権が存在する訳ですから、当然のごとく、日本が一方的に攻撃を受けるリスクも存在している訳ですね。

「安保法案」がどうなろうが、賛成だろうが反対だろうが、日本が力(法整備も含め)を持とうが、持ちまいが、
今現在すでに、日本の全ての都市にミサイル・核弾頭が到達するリスク、国の機能が麻痺するリスク、自分たちも愛する人達も皆命を絶たれるリスクにさらされている。
そんな危機的状況にある ということに対する認識の摺合せが必要なんだと思います。

もし、このような状況にないのであれば、何の対策も必要ないと思いますが、残念ながら、リスクにさらされていることを否めませんね。
「安保法案」に賛成?反対?の議論の前に、まず、この認識について、多くの国民が、政治家がリスクの認識を共通のものにしなければならないですよね。
賛成や反対の議論はそれからだと思いますが、なんだかこの部分がすっ飛ばされて、任意の認識の範疇になってしまって、賛成派と反対派で噛みあわない議論がぶつけられている気がします。

反対派の方は、この既存リスクがあるという認識の上に、武力(法整備も含め)を持たずして、他の方法で回避ができると主張しているのでしょうか。
それとも、このリスクに対して目をつぶって、そもそも今現在リスクは存在しないし、日本が武力さえ持たなければリスクが生まれることはないし、一方的に攻撃を受けるリスクも存在しないと、現実逃避の末に反対しているのでしょうか。
または、そもそも、今現在、このリスクが存在するという認識がないのでしょうか。

恐らく、賛成の方は このリスクに対する備え(抑止力 と 対応力)として、力(法整備を含め)を持つべきだと言っているのだと思いますが、賛成派と反対派の議論においては、このリスクの認識について触れないと、ただただ賛成と反対がぶつかるだけなので、まずはこの既存のリスクに関する認識を一つ一つ互いに確認していいく作業が必要な気がしますね。

2.「対応力」 と 「交渉力」 と 「抑止力」

「安保法案」がどうなろうと、今現在、すでに日本が一方的に他国から攻撃を受けるリスクにさらされている状況だとします。
もし、平和を望むのであれば、二度と戦争はご免だと思うのであれば、戦争が起こらない方法を考え、対策する必要がありますよね。

では、どうすれば戦争が起こらないのか、どうすれば攻撃を受けずに済むのか、どうすれば攻撃しなくて済むのか。
できることなら、武力的な紛争ではなく、対話による解決を図りたいものです。
では、口が達者なら相手の攻撃を制止することができるのでしょうか。

国を人に例えると分かりやすいと思います。
家路の途中にある小道や裏路地を通ったりするときに、不審な人物とすれ違うこともあり、強盗目的で不意に攻撃を仕掛けては来ないか・・・と不安に駆られながら、そこを通過する といった経験を誰もが持っていると思います。
そんな危険な道は通らなければ良い。遠回りすれば良い。と言うのは無しです。
今、国を人に例えている訳ですから、日本がどこかへお引越し出来る訳でもなく、避けて通れない状況を表しているのですから。

さて、いざ、すれ違いざまに刃物を突き付けられ、金銭を要求されたらどうするでしょうか。
はたまた、金銭どころか、顔を見られたからといって口封じに攻撃をしかけてきたらどうするでしょうか。

気が優しい力無し では、太刀打ちできず、命を奪われてしまいます。
それでは、あなたを大切に思う人たちは皆 悲しむことになるでしょう。
絶対に、そんな卑劣な強盗犯に命を奪われてはいけません。
何としても生き延びましょう。

しかし、力を持たなければ選択肢がありません。
強盗犯が刃物を突き刺す寸前に、何かしらの言葉で制止しようとしても、その手は止められない・・・・
交渉しようにも、相手が交渉に応じなければならない理由がない。
相手からすると、こちらが非力であれば、とりあえず、命を奪ってから金銭を奪っても良い訳です。

この非力な人のイメージが↓こんな感じだとします。

力 を持たないことで 本当に平和で安全? 力が無いのに、交渉力があるの? 相手は難なく力づくで・・・相手の拳が放たれて、 届く前に言葉で止められる?

力 を持たないことで 本当に平和で安全?
力が無いのに、交渉力があるの?
相手は難なく力づくで・・・相手の拳が放たれて、
届く前に言葉で止められる?

失礼ながら・・・この人が相手なら勝てる!と強盗犯に思われてしまったら最後、付け狙われて、背後から襲われて一巻の終わりです。
この非力そうな人物を見ると、なんだか 襲われてしまいそうですよね・・・

しかし、こんな攻撃を受けても、どうにか対応して、愛する人の元へ無事に戻りたいと思う訳です。
どうにか生き延びたいと思う訳です。

それどころか、仮に、大事な人が一緒にいた時に襲われたらどうでしょう。
守れなかった悔しさ、何もできなかった情けなさ、そんな感情に飲まれてしまわないでしょうか?
本当に力を持たないことが平和で幸せでしょうか。

できれば、こうならないために、自分自身も、大事な人も守るための強い力を持つことが重要だと思います。

とはいえ、力を持っているからといって、すれ違い様に、こちらから攻撃する訳ではありません。
そんなことしたら、こちらが通り魔じゃないですか。
こちらには、力と共に、倫理観があります。力を正しく使用しようとするルールを持っています。

あくまで備えとして、相手が攻撃を仕掛けそうになったとき、また、実際に仕掛けてきたときに、
適切に防御できて、相手を制圧することもできる。
こんな技と力を持っていれば、自分の命も、大事な人の命も守ることができます。

これが「対応力」です。

対応する力がなければ、命を落とします。
国に例えると、国民も国の機能も失うことになりますね。

しかし、この対応力というのは、力を使うことで発揮される訳ですね。
襲ってくる相手が悪いとは言え、やはり、相手を制圧するのに暴力を振るうのには抵抗があります。
できることなら、穏便に済ませたい。

ここで必要となるのが、「交渉力」です。

こちらが相手と対等か、または、それ以上の強い力を持っているからこそ、相手もその力を恐れて、できることならお互い無傷で、要件だけをぶつけたい。
そこで、初めて こう着状態になり、交渉力が成り立つのだと思います。
お互いが お互いを脅威だと認め、お互いが傷つくことを避けるからこそ、対話により穏便に済ませることが成り立つ訳です。

お金は渡すから命は奪うな という交渉もあるでしょうし、何も奪われずにその場を乗り切ることも出来るかもしれません。
しかし、それは相手と対等以上の力をこちらが持っていてのことだと思います。
相手からすれば、大人と赤子のように こちらが非力であれば、相手はウダウダ交渉に応じる理由がありません。
さっさと襲って、奪っていきますので。

そして、強い力を持つことで最も期待されることが「抑止力」ですね。
強い力を身に着けて、かつ、それが対外的に分かるように示されている ↓この方のような感じであればいかがでしょうか。

力を持つことで、襲われない。力があるからこそ、交渉力が生まれる。 力を使うことなく、闘わず、平和を維持できる。

力を持つことで、襲われない。力があるからこそ、交渉力が生まれる。
力を使うことなく、闘わず、平和を維持できる。

この風貌なら、はじめっから襲われることがありませんね。
襲われなければ、こちらが力を使うこともありません。
正に、気は優しくて力持ち という感じです。

強盗犯もわざわざ強そうな相手に無謀な戦いを仕掛けていったりはしません。
完全に、強盗犯のターゲットからは外れますね。

これが、強い力を持ち、またそれを相手に分かる形で示すことで、闘わずして難を逃れる術
「抑止力」です。

自然界でも、同じようなことが言えますね。
毒蛇や 毒を持った虫が独特の柄を身にまとい、自分は偉大な力を持っていて、近づくと危険だ!ということを示していることで、戦わずして難を逃れている。
力を持っているからこそ無用な戦いを避けて通ることが出来る訳ですね。
もし、その力がなければ、自然界では襲われ、命を奪われる対象となります。

強い力を持ち、それを示すことで闘わずして、平和を維持する。

人も国もこれが重要なのではないでしょうか。
人から国に話が戻っても、やはり非力な国には「抑止力」も「交渉力」も「対応力」もないということを自覚する必要があると思いますね。

力を持つことに対して反対するのであれば、それらなしに、どうやって平和をシステム的に維持していくのかという代案を示す必要があると思います。
ただただ、日本が今、リスクにさらされていることに目をつぶって、現実逃避しているかのように、力を持ってはいけない、戦争してはいけない・・・と言うばかりでは、国、自分たち、大切な人たち を守れないのではないかと思います。

かといって、「安保法案」に賛成する方々が、私のような考え方で賛成しているのかどうかは分かりませんし、「安保法案」自体がどのようなものなのか、まだまだ私は理解していないので、簡単に賛成とも反対とも言えません。
ただ、思うことは、何かしらの力を保持して、「対応力」「交渉力」「抑止力」を持つことで、平和を維持していく必要があるということ。
できることなら、その力を行使することなく、有効に「抑止力」を発揮すること。

ちなみに、私は長年続けてきた空手道のおかげで、見た目上もそのような 分かりやすい体格に恵まれ、むやみに手を出すと危険ですよ~オーラを必要な時にカッ!と発揮できます。
おかげで、真夜中の細い路地に通せんぼするように たむろしている5~6人の怪しい男たちの群れにも ズカズカ真ん中を突っ切って、ちゃんと花道を開けてもらえています。
もし、私がいかにも非力そうであれば、もしかしたら・・・・とも考えてしまうような雰囲気の群れだったりしますが。
もちろん、避けて通れる場合は、迂回するのがベストですね。
私は、空手道を通して、強い技、強い力、強い精神を身に着けたことで、闘わずして難を逃れることができていると、よく感じています。
力を身に着けるのは闘うのが最大の目的ではなく、第一に闘わなくて済むため(抑止力)であって、どうしてもという時に難を逃れる(対応力)ためだ と空手で子供たちに指導する際に話しています。
子どもたちにとっても、イジメや喧嘩と無縁であるために、抑止力としてその身に付けた力が活かされて欲しいと常々思っています。

そして、話は飛びますが、「アメリカが日本を守ってくれるから日本人は銃を持ったり、戦争したり、そんな野蛮な事をする必要ない、しちゃいけない。日本はお金だけ出してればいいんだ。そんな野蛮なことはアメリカにやってもらえばいいんだ。」みたいな考え方は、なんだか もの凄く歪んでいる気がしますね。
自国の国民を守るために、自国の人間が立ち上がるという気持ちはとても重要で尊敬すべきことだと思いますし、他国民であるアメリカ兵の方々が命を懸けて日本国民を守ってくれるのであれば、それはもう最大限の敬意を払うべきだと思います。

せめて、何かあった時(あくまで日本に)の協力体制位は、自国のこととして必要な気がしますね。
安保法案が今後どのようになっていくのか分かりませんが、多くの国民が納得のいくルールとなることに期待したいと思いますね。

現在、問題視されているように、何の謂れもない他国の戦争に巻き込まれるのが嫌であれば、協力体制を打ち切ることが重要だと思います。
アメリカに守ってもらわなくて結構だから、アメリカの戦争にも加担しない と、ハッキリ言いきって、自分の国は自分の力だけで守るとハッキリ言えば良いのだと思いますね。
スイスのように永世中立国として、自国を守るためだけに自衛隊をきちんと機能させれば良いのだと思います。
もちろん、スイスのように徴兵制度等も必要になってくると思いますが、自国民が自国を守らずに、一体、他国の誰が守ってくれるの? という意味では当然な気がします。
それもなしに、アメリカの闘にには協力しないが、日本を守ってくれ、金だけは出すから~というのは超無責任な気がしますね。

経済だけで支援とか、逆に経済制裁とか、何でも金だけで解決したり、金で攻撃したり、金をチラつかせたら相手が従うと思ったら大間違いだと思います。
そんなの、人に例えたら非力なくせに金だけでどうにかなると思っているボンボンみたいなものですから、いつかギャフンとやられてしまいます。
結局は人も動物であり、命あるものですから、生きるか死ぬかを決めるのは金ではなく力なんですよね。
力が無くて金だけあるなんて、集られて、いじめられるのがオチですね。
今の日本は集られていないでしょうか? 世界のいじめられっ子になっていないでしょうか?
なんだか否めない気がします。

日本が力も持たずして、口ばかり強がっていたら相手も感情的になるかもしれません。
例えば、核弾頭の発射ボタンに指をかけている一国のトップだって、人間です。逆上もすれば、キレることもあります。
後先を考えずに、感情に任せて発射ボタンを押すこともあるでしょう。一発だけでなく二発、三発と打ち込んでくることもあるでしょう。
その時、一発目が日本に着弾して、大きな被害が出ても今の日本は何もできません。
二発目ミサイルに燃料充てんしていることをアメリカの軍事衛星が察知しても、現在の日本の法律ではそれを止めるような攻撃はできません。
二発目が発射されて、日本領空内に入るまで撃ち落とすこともできないし、三発目が燃料充てん中だと分かっても、ただただ飛んで来るのを待つしかできないというのが現在の法律らしいですね。
私は「安保法案」の賛成や反対以前に、今現在、このような状況にあること、つまり現在のリスクというものを、明らかにして、みんなで認識を共有できれば良いのになぁ~と思いますね。
安倍政権は、まず、そのリスクの明確化と評価を全党共通のものにした上で、安保法案のあり方や別案の議論を進めたら良いのかもしれませんね。

この広い空を飛んでくるミサイルを、着弾寸前で海上や地上からミサイルで撃ち落とすという迎撃。
例えるなら銃から発射された弾丸を 弾丸で撃ち落とすようなものらしいですが、当然、100%撃ち落とせる訳ではないので、被弾する可能性は十分にあるでしょう。
それを考えると、もっと有効に止められないのか・・・・と思ってしまいますよね。

何より、やはり、最初からそのような脅威から無縁となるためにも、強い力を保持して、示す必要があると思います。
今回のお話は、「安保法案」賛成~!と言っている訳ではありません。

長くなりましたが、
「安保法案」に賛成であろうと、反対であろうと、「対応力」「交渉力」「抑止力」を保持して、平和を維持する必要がありますよね~
というお話でした。

Kazuhiro Ueno

Kazuhiro Ueno

上野 和宏
スタジオディーピーアイ株式会社 代表取締役 / プロダクトデザイナー / クリエイティブディレクター
JIDA(公益社団法人 日本インダストリアルデザイナー協会) 正会員

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