「プロダクトデザイン」は無駄。
皆さんこんにちは。プロダクトデザイナーの上野です。
ちょっとインパクトのあるタイトルになりましたが、ちゃんと意味があります。
別のタイトルも考えました。
「プロダクトデザイン」は弱者に必要ない!?
「プロダクトデザイン」は強者のためにある。
「プロダクトデザイン」で売上が上がるのか?
などなど。これらのタイトル案からも少し伝わるかもしれませんが、今回は “ある目線から見るとプロダクトデザインは必要ないし、無駄な事だ”という主旨のお話です。
「そこを角じゃなく丸くしたからって、本当に売れるの? 売上が上がるの?」
プロダクトデザインは製品をデザインする工程です。その成果として、美しく、使いやすく、人々の生活を豊かにする素晴らしい製品が生まれます。それを生業としている私のようなプロダクトデザイナーにとってはもちろんの事、ユーザーにとっても、社会にとっても、きちんとデザインされた製品は価値があるものです。
しかし、製品を開発・製造するメーカーやその開発に関わる全ての人が同じように考えている訳ではありません。
「そこを角じゃなく丸くしたからって、本当に売れるの?」
そう問われた事があります。デザイナーとしては「売れます!」と言いたいところでしたが、そうは言えませんでした。
本音としては「そのように考えておられるのでしたら、どんなデザインをしても、デザインの良し悪しによって売上が変わることはありません。」と答えたい。
つまり、これが “「プロダクトデザイン」は無駄。” という事です。
実際にあった話。
以前、私がとある製品の開発に携わった時の事です。私が筐体デザイン・筐体設計し、別の方が機構設計される役割分担で進めるプロジェクトでした。
ちょうどデスクトップPCの縦型ケースのようなサイズ感の筐体です。デザイン的な意味はそれなりにあって、平面(上面)から見て長丸となるシルエットで、シンプルなスタイリングでまとめました。PC同様、背面にはいくつかのケーブルを挿すため、PCB(基板)端部にコネクタを受けるモジュールを設ける必要がありました。円弧状の曲面に対し、平面状の凹みを設け、機構上でもデザイン上でも相応の対処をしたつもりでした。しかし、その背面について、機構設計を担当する方から物言いがつきました。「円弧状の曲面を角張らせれば、設計上都合が良い」と。
今となっては詳細を覚えていませんが、曲面に凹みとする事で、射出成形のパーツで金型上スライドが必要だったり、PCBを切り欠いたりといった対処が必要だったかと思います。いずれも出来ない事はないけど、多少 設計上の手間があるのと、金型コストがスライドなしに比べて若干上がると言った事で、丸ではなく角張らせたいという類の設計側からの主張であったと記憶しています。
その時点でコストについては明確に制限が設けられているものではなく、イニシャルコストには若干影響しても、パーツ単価にはさほど影響しない内容で、私としてはデザイン意図を全うするべく、曲面で進めたいと考えていました。
そこで発生したのが先程の「そこを角じゃなく丸くしたからって、本当に売れるの?」という問答でした。
当時の私は、まだ割り切れていなかったため返答に困ってしまいましたが、今ならハッキリと言えます。「売れません!」と。
では、なぜデザインするのか?
それは、“良いモノ”を作りたいからです。
製品は良いモノでなくても売れる。
ハッキリ言える事ですが、製品は良いモノでなくても売れます。むしろ、ビジネス的には良いモノを作って売ることより、良くないモノを売る方が安易に実行できるでしょう。例えば小売店で陳列して販売されるような製品の場合で、商社や小売店のバイヤーとも良好な関係が出来ていて、特売についての商談も出来ていたとします。既製品を海外から激安で仕入れて、小売店がセールの広告を打ち、店頭でも目立つ場所に陳列し、お得で良いモノとおススメすれば、大変に良く売れます。基本的にバイヤーや小売店が売る!と決めればモノはある程度売れます。(もちろん、あまりに売り難い要素があるとそうはいきませんので、例外もありますが)
単に売って儲けるというビジネスだけ考えれば、コストをかけてデザインをしたり、わざわざ自社にしか出来ないような至高の良品を作らなくても、そのような方法があり、現にそのような製品が市場に溢れている訳です。
それでも、「より便利で効率的に、より美しく、より豊かな時間を楽しむため、より良い未来のために、より良い製品を作りたい。」そう考えるメーカー事業者が少なからずいます。そして、それを求める消費者もいます。
そこで、力を発揮するのがプロダクトデザインです。
良いモノを作ってもそれを活かす売り方が必須。
その良いモノ思想によってデザイン・開発された製品であること、それを感じ取って豊かなユーザエクスペリエンス(製品を通して得られるユーザー体験)を楽しんで欲しいという作り手側の想い、それらをプロモーションやマーケティング等のあらゆる事業活動を通して消費者へ届ける事が重要となります。
先の単なる廉価品とは差別化して、相応の高価格帯にも納得していただいた上で、きちんとデザインされていることを活かす販売戦略を取る事で初めて、デザインした事やそのためにコストアップした事が効果を発揮します。
それでこそ「デザインが良いから売れた。」という状況を作り出せます。
逆に、デザインを活かした販売戦略を取らなければ、”単に角を丸くしたから売れる”という状況など発生する事はありません。
仮に、メーカー事業者から先ほどのような問いの言葉が出た場合には、“製品がきちんとデザインされている事を活かした事業戦略を取る準備が出来ていない”と分かります。その場合、その事業者においては「デザインが良いから売れる」といった状況は発生しにくいので、プロダクトデザインにコストをかけても無駄になります。
余談ですが、その点、パッケージデザインは、表面的にでも 良い商品であると感じさせる事が出来るため、そのような状況でも一定の効果を発揮します。そのため、経営者のデザインへの理解度が足らない場合でも、グラフィックデザインはある程度デザイン支援ができる手法とも言えます。
「プロダクトデザイン」は事業者の本気度を問われる。
プロダクトデザインは「デザイン経営」の根幹を成します。それは、本当に事業者が良いモノを作ろうとしているのか?そのためにコストや技術的な問題をクリアしながら、長く使用するユーザーの事を一番に考えて事業を進める覚悟が本当にあるのか?それを問う行為であるからです。
経営TOPや開発に関わる全ての人が その問いに対して迷いなく “YES” と答えられる覚悟と信念を持たない場合は、安易にプロダクトデザインやデザイン経営という響きの良いトレンドに手を出さない事です。
そのような事業者にとって”「プロダクトデザイン」は無駄” でしかないのですから。
「デザイン経営」はプロダクトデザインを根幹に据えてこそ。
近年、「デザイン経営」という言葉がモノづくりの世界で聞かれるようになりました。しかし、その本当の意味を理解できている、又は構築できている企業やデザイナーはそう多くありません。デザイン経営はデザインを経営の根幹に据えるということです。つまり、そこに経営資源を投入できる信念と覚悟を経営TOPが持てているかということです。パッケージやプロモーションで表面的に良さげに見せるだけでなく、製品そのものが革新的でユーザーや社会のために尽くされたモノになっているか?そのために経営資源をつぎ込めるかどうか、デザインということに対してそれほどの理解を経営TOPができているかが成功の鍵を握っています。
だから、私は 弊社サービスとしてデザインコンサルティングやデザインワークショップを通して、経営TOPや開発責任者の方々が本当のデザインの力を知っていただける機会が大事だと考えているのです。その上で、共感いただける企業様と共に、統括的なデザインマネジメントを通して、一貫したコンセプトでブランド構築できた事例を次々と生み出していきたいと考えています。
プロダクトデザインを重視する者はいずれ強者になる。
最後に、プロダクトデザインを施し、本当に良いモノを作るということは、本来しなくても良い苦労をして、相応のコストも時間的負担も強いられます。それを承知で突き進める信念と覚悟があるということは、まちがいなく「強者」です。今は、その形態になっていなくても、いずれ追い求めていった先には待っています。強者としての姿が。
少しカッコ良い括りになってしまいましたが、私は本気でそう思っています。
- 投稿者: 上野 和宏
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